9.11から15年 大国に翻弄されるアフガン

http://www.nikkei.com/article/DGKKZO07597840U6A920C1TCL000/

1979年、ソ連はアフガニスタンに侵攻。自国寄りの政権を樹立しようとしたのです。アフガニスタン国内のイスラム教徒の若者たちは猛反発。これをイスラム世界の国々が支援。ウサマ・ビンラディンもそのひとりでした。ソ連軍が撤退すると、外国からの応援組は引き揚げます。ビンラディンもサウジに帰国しました。アフガニスタンに残った武装勢力は内戦状態となり、タリバンが国の大半を支配するようになりました。

90年、イラクのフセイン大統領は隣国クウェートへ侵攻します。パパ・ブッシュは多国籍軍を組織して翌年、イラクを攻撃。イラク軍を追い出します。これが湾岸戦争です。このときビンラディンは、サウジの国王に対し、異教徒の米軍がサウジに駐留しないように要求しますが、認められず、国外に追放されます。ビンラディンが頼ったのが、かつての仲間がいるアフガニスタンでした。

ビンラディンは、サウジに駐留した米軍を憎み、「アルカイダ」を組織し、米国を攻撃しました。しかし、タリバン政権を攻撃したブッシュ政権は、国家再建の青写真を持っていませんでした。それどころか、今度はイラクを攻撃。アフガニスタンに駐留する米軍は手薄になります。これにより、一度は壊滅状態になったタリバンが復活。

マンハッタンの爆破テロも氷山の一角というか、歴史に伏線があったことがよく分かります。


アフガン大統領にガニ氏 挙国一致合意文書に署名 新政権、安定は難題

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「挙国一致政府」樹立の陰の立役者は米国だ。オバマ米大統領は7月にケリー国務長官をアフガンに派遣し、全ての票の数え直しと、敗者も新たな国造りに協力することへの同意を両候補から取り付けた。その後も権限を巡る対立は続いたが、最終的には両候補者とも米国の支持を後ろ盾に、国民の結束に向けた協調へ動いた。

政権を早期に安定させ、治安維持に取り組むことがガニ新大統領の最大の課題となる。ガニ氏とアブドラ氏の権力の分担は明確ではなく「当事者たちすらよく理解していない可能性がある」(外交筋)。それぞれの出身民族の思惑も入り乱れており、今後の組閣や政策決定を巡り「権力の二重構造」に陥る懸念を指摘する声もある。

国連によると昨年、タリバンとの戦闘などに巻き込まれて死傷した民間人は8600人超。アフガンは鉱物資源が豊富とされるが、現状では外国政府や企業の投資を呼び込むのは困難だ。タリバンは21日、日本経済新聞の取材に対し「これは米国によるプロジェクトだ」と強く反発した。

挙国一致政府樹立でスタートラインに立ちましたが、治安維持にはまだまだ時間がかかりそうです。