発掘 強い会社 日産化学工業 渋沢栄一がつくった老舗 40万の「原薬の種」芽吹く 大手しのぐ利益率

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http://www.nikkei.com/article/DGKKZO05169290S6A720C1DTA000/

埼玉県白岡市の同社生物科学研究所。欲しい化合物の名前をパソコンに打ち込むと、実物を「書庫」から自動で取り出せる。その膨大な数と管理のよさに海外から来た顧客は目を見張る。化合物は複数の元素が化学結合によってできた物質で、農薬や医薬品を開発する際の基になる。

創業は1887年。国内初の化学肥料会社で、渋沢栄一らが興した。今の日産自動車と資本関係はない。転機は1988年。業績不振に見舞われ、石油化学からの撤退を迫られた。市況変動の影響を小さくし、規模は小さくても収益性の高い会社への転換を目指した。

「歯を食いしばって研究開発だけは続けてきた」(木下社長)。研究開発に売上高の8~9%を毎年投じ、今も総合職の4割にあたる420人が同業務に携わる。成果は出た。90年代以降、原薬などを次々に開発。どれもニッチだがシェアが高く、利益への貢献度が大きい。売上高営業利益率は前期まで13年連続で2ケタを保つ。

ニッチでシェアが高い理想的な状態ですが、研究開発費を投じて強みを磨いた結果でしょうね。