「遺産」残したダイエー M&A、総合化、PB、規制打破 先駆モデル一転弱みに

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http://www.nikkei.com/article/DGKKZO81408610X21C14A2TJ2000/

規模拡大を支えに中内氏は「価格決定権をメーカーから消費者に移す」と宣言。松下電器産業や花王などと販売価格をめぐり対立した。後のPB商品を編み出すきっかけとなった。メーカーすら傘下に収め垂直統合に動き、今でいうSPAのモデルとなった。SPAで急成長したファーストリテイリング創業者、柳井正氏は05年に開かれた中内氏のお別れ会で「日本のスター。流通産業の立役者」と述べた。

地価の上昇を原資に資金を調達する土地本位制は流通、産業の成長を支えたが、バブル崩壊で地価が下落すると脆弱性が露呈した。中内氏が「日本の物価を半分にする」と宣言して突き進めた価格破壊もデフレを招き、逆にダイエーの有利子負債の削減の妨げとなった。2兆円超に膨らんだ負債は「大き過ぎてつぶせない。日本経済を人質にしている」とまで非難され、ダイエー自体がM&Aの標的となった。

中内氏は強烈なリーダーシップで流通帝国をけん引し、創業者ならではのスピード経営が奏功した時代もあったが「中内氏以外は決められない」組織を招いた。創業家から後継者を出そうとしたことも迷走の遠因にもなった。ガバナンスの欠如が同社の運命を決めた。

いややはり時代の申し子というか、今の時代から照らし合わせて完璧なる遺産を残したと思いますよ。イオンはより進化しているはずだから次世代にバトンを引き継ぐ使命はあるでしょう。


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