戦後処理の違いは 日本、謝罪や賠償包括的に ドイツは個別事象・個人に対応

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http://www.nikkei.com/article/DGKKZO88057010T10C15A6TZJ000/

日本は戦後50年の1995年、村山富市首相がアジア諸国への「植民地支配と侵略」を認め「痛切な反省と心からのおわび」を示した。ドイツの場合は「日本のような包括的、抽象的な謝罪ではなく、それぞれの個別事象に具体的に謝罪するのが特徴」(東大大学院の石田勇治教授)という。念頭にあるのがナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の被害者だ。ワイツゼッカー大統領はナチス擁護は違法と定め、不規則発言を出さないよう徹底してきた。

戦後処理の方法で違いもみえる。日本は国家間で賠償問題を一括で処理してきた。締結国の大多数が対日賠償請求を放棄した51年のサンフランシスコ平和条約や、日本への戦争賠償の請求を放棄した72年の日中共同声明などがある。東南アジアの一部の国とは個別の条約で賠償した。ドイツは主にナチスの犯罪への人道的観点から「個人補償」で対応した。「唯一無比のホロコーストの存在、分断国家としての事情に加え、国家間賠償になった場合、膨大な額になることが予想された」(庄司潤一郎・防衛研究所戦史研究センター長)ためだ。

日独への周辺国の反応は違う。ドイツの反省を受け、フランスなど周辺国は和解の手をさしのべた。韓国や中国は日本の姿勢を問題視する。背景に「過去の事実」の受け止め方がある。庄司氏は「欧州ではホロコーストなどほぼ事実は確定しているが、東アジアでは、例えば南京事件や従軍慰安婦などで規模や背景、性格などをめぐって議論が続いている」と語る。

戦後の政治指導者の発言、戦後処理の方法、周辺各国も含めた歴史認識の相違の点で比較されており、たいへん勉強になりました。


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