冷戦時代の象徴去る カストロ前議長死去 米との対立半世紀

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http://www.nikkei.com/article/DGKKASGM26H59_W6A121C1NN1000/

カストロ氏は米国によるキューバに対する経済支配に反発し学生運動を展開。1959年に米国のかいらい政権ともいわれた当時のバティスタ政権を倒しキューバ革命を実現すると、米国企業を国有化した。米国の支援を受けた亡命キューバ人らが61年にカストロ政権打倒を企てて上陸した「ピッグズ湾事件」ではキューバ側が勝利した。カストロ氏がカリスマ性を高め、反米、共産主義への傾斜を決定的にした瞬間だ。

キューバ危機で緊張は一気に高まった。その後、米国の歴代政権はキューバに政治、経済的な干渉を続けたが、東側諸国の支援で乗り切り、米国に隣接しながら反米の旗手としての地位を確立した。ただ、冷戦の終結とソ連の崩壊を経てキューバは経済的に行き詰まりを見せる。カストロ氏は国内でこれまで禁じていた国民の外貨所持や自営業の拡大といった自由主義経済の要素を盛り込んだ経済改革に乗り出さざるを得なくなった。

弟のラウル氏に国家評議会議長を譲り一線を退いた後も影響力は保持。自身が主導した経済改革では自営業の業種拡大や経済特区新設が進み、自由主義経済に大きくかじを切ったようにも見える。2015年には約半世紀ぶりに米国と国交を回復。

ほとんど知りませんでしたが、平和・自由主義の夢に突き進んだ本当の革命家だったんですね。