熱狂、新宿から秋葉原へ 街 祝祭の舞台変遷

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http://www.nikkei.com/article/DGKKZO80060680S4A121C1TY8000/

若者文化の醸成に貢献したのが喫茶店だ。戦後まもなく開店した「風月堂」「青蛾」に代表される個性的な店は気鋭の画家や文化人らに愛され、サロン文化を育んだ。さらに大人の傍らで理想の生き方を思案する若者たちの間に、固有のコミュニティーが芽生えた。

70年代、新宿に代わり若者文化の中心地となったのは渋谷だ。東急グループ、西武グループの二大資本がしのぎを削るなか「平凡パンチ」「ポパイ」など“カタログ系雑誌”の隆盛とも歩調を合わせ、最新ファッションや文化の発信地に。所得水準の高まった家庭の若者を吸引し、急増する飲食店はコンパやデートでにぎわった。

2000年代以降、固有の若者文化を生んだ街といえるのは秋葉原だろう。主役はポップカルチャーに熱中し、オタクと呼ばれる若者たちだ。日本経済が「失われた20年」の閉塞感に覆われるなかで、アキバは特有の熱気を放ち、海外にも知れ渡る。

新宿、渋谷、秋葉原。カルチャー変遷面白いですね。中心にはいつも若者がいるというのは変わらない。


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