戦後70年日本の強みは 安全・正確で清廉な国 幸福の追求と均衡を 堺屋太一 経済評論家

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http://www.nikkei.com/article/DGKKZO90131340U5A800C1KE8000/

日本の犯罪の少なさは殺人や強盗などの凶悪犯だけではない。窃盗でも日本は人口10万人当たり831件(総発生件数104万件)だが、欧米諸国はその3倍以上である。しかも日本の場合、ほとんどが路上での自転車泥棒や店頭での万引きで、家屋への侵入犯はごく少ない。居住者に恐怖感を与える侵入犯が少ないことも、日本の安心感を強めている。

もう一つの現在の日本のすごさは時間の正確さ。今やこの国の時間的正確さはすさまじい。交通機関の出発到着から商店の開店閉店、行事やイベントの開始まで時間を違えることがない。特に東海道・山陽新幹線は15秒ごとに時間管理が行われ、1分以上の遅延は事故扱いだという。

現在の日本は、「安心で安全で正確で清潔な国」だ。だがそれだけを追求するのであれば監獄に入ればよい。衣食は必ず提供されるし、住居は頑丈、医療もほどよく見てくれる。それでも監獄に入りたい人はいない。幸福を追求する自由な楽しみと起業成功の可能性が無いからである。バブル景気の崩壊以来、日本の倫理は安全の追求に偏ってきた。これからは楽しみの追求や野望の実現と、安全とをいかに均衡させるかを考えるべきだろう。

戦前の「忠君愛国、勤勉孝心」から戦後の「効率と平等と安全」への倫理観へ。安全オタクで突き進んできた日本に対して次なる示唆が刺さりました。


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