戦後70年 終戦伝えた極秘送信所 玉音放送、世界に 神奈川山中のトンネル利用

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http://www.nikkei.com/article/DGKKASDG04H3Q_S5A810C1CC1000/

この送信所は国際電気通信の「足柄送信所」。国際電気通信は政府・軍の国際電信のための設備建設と保守を行う半官半民企業だった。太平洋戦争末期の44年初め、本土空襲の本格化は必至とみた軍、情報局、通信省が必要最小限の送信機を確保するため防空送信所を計画。耐弾式送信所として足柄、隠蔽式送信所として多摩送信所が建設されることになった。

45年8月10日、ポツダム宣言受諾の海外送信を多摩送信所が担い、同月15日の昭和天皇の終戦玉音放送の送信は足柄送信所で行うことになる。

日本放送協会編『放送五十年史』には「(玉音放送が)八月十五日以降も数日間にわたり海外放送で送出された。詔書は各国語に翻訳され、時差を考慮して順次放送された。翻訳の国語は二十数か国語に達した」と記されている。

「玉音」=「天皇の肉声」で、玉のように清らかな音や声を意味するそうです。


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