なぜ走り続けるのか 人類の活力生む「走魂」

http://www.nikkei.com/article/DGKKZO99039960Q6A330C1UUT000/

自分のために、自分の意思で走っていると思っていたが、それだけではないような気がしてくる。「腹が減ったら何かを食べるのと同じように、当然のこととして走る」という表現がたぶん当たっている。ランニングが生活の一部になったというより、「走る動物」になったということなのかもしれない。

もしかすると、走ることが少なからず人類のためになるから、ランナーは遺伝子によって走らされているのかもしれない。突拍子もない考えだろうか。

走る者が絶滅した世界を想像してみる。胸を躍らせ、自然に走り出してしまうような人が一人もいない。それは活力の欠けた冷たく悲しく寂しい世界ではないか。そんな世界にしないために私は走らされているのだろうか。そのための遺伝子の爆発だったのだろうか。

走るに限らずですが、高次の視点からみれば、自分を高めたい=完全になろうとすることそのものが生命なのだろうと思います。