慶事に浮かぶ皇族の課題 眞子さま、結婚後は皇籍離脱

http://www.nikkei.com/article/DGKKZO16497470X10C17A5EA2000/

眞子さまは皇室典範の規定で、結婚により皇族の身分を離れることになる。現在、未婚の女性皇族は7人だ。ここ十数年間、女性皇族の結婚による皇族の減少が深刻な問題と認識されてきたが、何ら具体的な方策がとられずにきた。

政府が皇族減少問題に取り組んだのは、小泉内閣時代の有識者会議だった。同会議は皇位継承の安定性を保つために女性・女系皇族への継承資格拡大を提言した。しかし、悠仁さまの誕生でこの問題が解決したかのように錯覚され、提言は放置されたままとなった。

12年になって、当時民主党の野田内閣で行われた有識者ヒアリングで、「女性宮家」の創設を検討すべきだと提言された。しかし、安倍政権はこれらの方策に取り組むことはなかった。

皇族と皇位継承順位について改めて知る機会になりました。皇族減少問題が再燃しそうです。


脱時間給 今国会見送り 臨時国会、働き方改革と一体審議

http://www.nikkei.com/article/DGKKASFS11H2U_R10C17A4PP8000/

「脱時間給」を盛り込んだ労基法改正案は、政府が2015年4月に国会に提出した。しかし野党が「残業代ゼロ法案」と名付けて「過労死を助長する」などと批判。政府・与党は衝突回避を優先し、審議されないまま約2年間たなざらし状態が続いている。

厚生労働省は金融ディーラーやアナリスト、研究開発職などを対象職種として想定。個人の裁量に任せた働き方を促し、成果を生みやすい職場環境を整えると訴える。

政府は今年3月、残業時間規制や、同一労働同一賃金の導入を目玉とする働き方改革実行計画をまとめた。秋の臨時国会に「働き方改革関連法案」を提出する方針だ。働き方改革は労働者保護の色彩が前面に出る。このため政府・与党内には「脱時間給も働き方改革とセットにできれば連合や野党も反対しづらい」(厚労省幹部)との声が上がる。

残業時間規制や同一労働同一賃金は労働者保護色が強いため、脱時間給も一体審議すれば連合や野党も反対しづらいとの見方。


首相「9年政権」への道 衆院解散が最大の関門

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一つは7月の都議選前の電撃解散だ。「都議選と衆院選のダブル選もあり得る」との観測も漏れる。都議選を絡ませる理由は「小池旋風」の回避にある。高い支持率を誇る小池百合子都知事は都議選で都議会自民党を敵対勢力に見立て、自らが事実上率いる地域政党で単独過半数の獲得を狙う。そのあおりで自民党の足腰が弱る前に衆院選をすませ国政上の打撃を少なくさせるとの見立てだ。

2つ目は今年秋から来年初めまで。通常国会の会期内に重要法案を成立させ、秋の臨時国会で政権の最重要課題である働き方改革の法整備ができれば解散しやすい環境は整う。党幹部は「働き方改革を大義に信を問えば大きく負けることはない」とみる。ただ日程は窮屈だ。今年後半からは黒田氏の続投を含む後任選びが本格化する。

もう一つは18年9月の党総裁選前後の衆院解散だ。総裁選前の勝利は総裁3選に弾みをつける。総裁選直後の解散をちらつかせて求心力を保つ案も考えられる。ただ、この場合は任期満了に限りなく近づくため「追い込まれ解散」になるとの懸念も自民党内にはある。

任期によりいつかは解散しないといけないので、選挙に勝って9年政権を実現するために衆院解散の時期が重要ということですね。


靖国神社 246万柱まつる 「国の守り手」合祀/戦前は軍管轄

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靖国神社は日本に約8万社ある他の神社と大きく異なる。最大の違いは靖国神社だけで現在まつられている祭神が246万6千余柱と膨大な数になる点だ。1869年に明治維新の戊辰戦争で亡くなった人々の霊をまつった「東京招魂社」が靖国神社の始まりだ。79年に名前を変え、「祖国を守るために犠牲となった人々の神霊」(靖国神社)をまつってきた。

戦前は陸・海軍省が管轄する国家機関だった。戦後は国の管轄ではなくなったが、厚生省が先の大戦の戦没者のうち合祀すべきだと認めた人々のリスト「祭神名票」を作成した。幕末の志士、第2次世界大戦で動員された学徒や女子挺身隊員が含まれる。一方、西郷隆盛は明治維新の立役者の一人だがまつられていない。西南戦争で明治政府と戦ったためだ。

政府は1966年にA級戦犯を含む祭神名票を靖国神社に示し、靖国神社の崇敬者総代会は70年に合祀に賛同した。ただ当時の宮司、筑波藤麿氏はA級戦犯の合祀に慎重で見送っていた。実際に「昭和の殉難者」として78年に合祀したのは、筑波氏から宮司職を引き継いだ松平永芳氏だった。

靖国の歴史とその存在意義がまるわかり。しかし天皇が参拝しなくなった背景であったり宮司の判断であったりもう少し勉強したいです。